ダンス

昔昔、私がまだ中学生の時、体育は嫌いだったけど
創作ダンスの時だけ生き生きとリーダーになっていました。

高校生のときは必修クラブのダンス部でいろいろ振りを作って遊んでいました。
(YMOのライディーンで、カンフーみたいなカッコいいダンスとか)

学外の活動で子ども会のリーダー活動をしていて、
「レクダンス」というものをイベントで子どもたちに教えたりもしていました。
(ドラえもんの歌のダンスを300人に教えて踊るということも)

またそれまでもテレビで劇団四季の子どもミュージカルを観るのが好きだったのですが
高1の時、地元の市民会館で
初めて生のミュージカル「コーラスライン」「人間になりたかった猫」を観て、えらく感激し、
「私も劇団四季に入りたい!」って思いました。
でも当時どうしたらいいかわからなかったので?入っていません…というか
バレエもダンスも当時はお金持ちのお嬢さましか習ってなかったの。
でも、その後もミュージカルはいっぱい観たので、
生のダンスに、私もあんな風に踊りたいなあと憧れていました。

大学生の時、混声合唱をやっていたのですが、
普通に合唱曲を歌うだけじゃなく、踊り付きの曲を歌うこともあり、
定期演奏会では、バンド編成のステージもあり、そこで「ダンシングチーム」だった時もありました。
ここでも振りを自分たちで作っていました。


大学4回生の時に「米米CLUB」が大好きになり、
社会人になってからはライブで踊り、
ライブビデオで下宿でも踊りまくっていました。(階下の人ごめんなさい)

それから結婚し出産し、娘が4歳の時にラボを始めました。
ラボでも英語の歌でいっぱい踊ります。

ずっと踊ってますね‥私。

それでもちゃんと習ったことがなく、いつか…と思っていたら
ラボを始めて14年くらいの頃、いい感じで通えそうなスタジオが近くにOPENして
ジャズダンスを本格的に習い始めました。それからずっと続けています。
はや12年になりました。
ずっとお世話になってる先生の自主公演「オドリアイ」にも5年連続出演しました。

それまで私にとってダンスは身体の中にある声をことばでなく出せる機会でした。
言いたいことはいっぱいあるのに、
怒りでさえ次の日くらいにようやく感じる、みたいな、出せないものが溜まりがちな私。

そんな気持ちの滞りが、踊ることで、ほぐれて行くからという理由で好きだったのかなって思います。

身体を動かすと細胞も喜ぶ。

毎週のレッスンも楽しいけど、
作品を深めて舞台に出るという体験のおかげで、
ダンスは私の中にある私しか出せないもの、を私の身体で表現する機会と進化していきました。
私は思考の癖も強く、身体の癖も強かったのが随分削ぎ落とされてきたように思います。
随分、軽やかに、それでいて力強い身体に変わってきたと感じています。

オドリアイ2022 「Mia Clupa」撮影 中谷利明



今年の舞台で、ラヴェルの「ボレロ」を踊りました。
その中で自分の名前を書く動きを40秒のソロで踊る、というものがありました。
まず出てくる抵抗、でも諦めて向き合う決意、やっていく中での葛藤。

創作期間は楽しいだけでなく苦しさもありましたが、

ラボでも
子どもたちがテーマ活動の発表に向かう時や、
活動の中で新しい挑戦をする時、
それぞれに起こっていることです。

子どもなので、大人よりはしなやかに受け入れやすいかもしれないけど、
その時々の、それぞれの子によって、関わり方は変わるけど、
自分が体感できたことは大きな収穫でした。


子どもたちも発表の時だけじゃなく、子どもゆえいつも新しい体験に出会っている。
私はみんな頑張れーと口だけの大人ではありたくないし、
私はいつも新鮮な自分で子どもたちと対峙したい。
なのできっとこれからも踊るよ。

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