私は1998年からラボをしています。
今年の7月ではや丸27年!
開設した頃とは時代も変わり自分も歳を重ねました。
年の功とはよく言ったもので今だからできること、があるのは確かです。
私が続けてきた大きな理由となった体験が2つあります。
その2つ共、私の想像をはるかに超えた体験で衝撃でした。今日はそのお話を。
一つめ、ラボ・テューターはとにかく研修が多い。
その中でメインは子どもたち同様にテーマ活動を発表する、というもの。
ある年の連続研修でのこと。
テューターも年齢がさまざまで子どもたち同様に縦長異年齢の構成。
そのグループでは皆さん癖が強いというか主張も激しくなかなかまとまらず困りました。
でも発表するにはなんとか気持ちを合わせないといけないし、ようやくまとまり出した感触があったのは発表の前日。
発表自体はなんとか形になった、という状態でした。
しかしびっくりはここから。
終わってからグループでエヴァリュエーション(振り返り)をしていた時、
突然「グループのみんな大好き!!!」という気持ちが湧き上がってきたのです。
ずっと「この人苦手だわ~」と思っていたずっと年上の方に対しても
同じように「大好き!!」と感じたのには本当に驚きました。
順風満帆ならまだしもガタガタ道を思うようにいかず進んでいたのです。
いやそうだったからこそ感じられたのかも知れない。
テーマ活動を創り上げる過程で、
なんとかお話に近づきたい、メンバーと近づきたい、
とみんながそれぞれに奮闘していたからなのかもしれません。
娘を始め何度も発表をしているラボっ子たちに
「こんなことがあったんだけど、皆はどう?」と聞い
涼しい顔で「うんあるよ」とのこと。
「あの感覚」を知っているかいないか、はとても大きいと思います。
どんなときもくじけずに「人と共に生きていく希望」になると思うのです。
そして2つ目、
2006年に国際交流の引率でアメリカに行った時のこと。
引率者も子どもと同様にホームステイをするのですが、
ホストと一緒に現地のミーティングに出る機会が何度かありました。
その中でとても印象的だったミーティングがありました。
色々なテーマのプレゼンテーションがあり、もちろんどれも英語だし、
会話ではないので、理解までいくのはなかなか難しい。
その中で、子どもと絵本のことをテーマにされている方がいて、
「あーこれなら私も興味あることだし、面白いかな?」と思って聴いていたのですが、どうにもわからない。
滞在も3週間を過ぎていたので、
私の英語力もそれなりにあったのになんでかなあ~と思っていました。
しかし、その後にプレゼンされた方の話が、
テーマはそんなに興味なかったのに、まあ面白いし、入ってくること!
その違いにとてもびっくりしました。

会の後で、スピーカーの方に「あなたの話はとてもわかりやすく面白かった。」と伝え
「でもなぜなんでしょう」と尋ねました。
するとその方は、「私はいくつかの国に留学をした経験があります。
だからかな?自然にゆっくり話したりとかできていたのかも」という答えでした。
その時は「そうなんだあ」って素直に思ったけど、
それから私もたくさんの体験を重ねて
「伝わることば」「心に届くことば」を話す人は、
技術的なことだけでなく
異文化を知ることで自分の中の当たり前が減り、
観念を外したことで、
心に届く響くことばを使えるようになるのだと思いました。
そして観念が変わると手段も変わる。
先述の「ゆっくり話す」と言われたことも
「聞いている人は皆私の話を私と同じようにわかるはずだ」という観念(思い込み)を外したから
「ゆっくり話そう」という手段になる。
大きな大きな体験でした。
そして体験してこそ理解できるという体験でもありました。
だから今もラボを続けているのです。