習い事どうする?前編

春ですねー。何か新しいことを始めたくなる季節♬

上桂駅の桜満開の時♬


ラボは習い事だけど習い事ではないと言われます。
その理由は置いといて、ちょっと習い事の話。

新しいところに飛び込むのは子ども以上に親がドキドキしますねー。

娘が小学校高学年の頃、絵を描くのが好きだったので、
習いに行きたいと言い出したことがありました。
しかし当時自分がラボパーティをやっていて
教室を主宰する側だったので

「もしも入って合わなかったらどうしよう」「やめるときはどうしよう」
とか色々考えたら前に進めず、

しかも、自分が幼稚園の頃、少しだけ絵を習いに行っていたことがあり、
その時に描いた絵(女の子とチューリップみたいなその年頃の子がよく描くやつ)を
こんな絵を描いてはいけないと言われたトラウマも関係あってかなくてか

結局体験すら行けなかった、ということがありました。

でも今思うと、
「なんでもやってみないとわからない」し、
「もしも合わなかったら潔く離れるのがお互いにとっても良い」ので、
やらせてあげたらよかったとこないだ娘にごめんねと言いました。
(本人はそこまで気にしてなかったので良かった。お互いこれから習うのもありだよねという話をしていました)

ちなみに娘はラボパーティだけを大学まで続けました。

ギリシャ神話 「ペルセウス」の テーマ活動発表


話は戻りますが、習い事に限らず「ピンときたらなんでもまずやってみたらいい」と今は心から思うし、
私自身もそうしています。なぜならそれが自分の道筋につながるからです。

まあ、たとえやらなかったとしても、ちょっと遠回りになるだけなので気にしなくてもいいけど、
ピンときたことはとにかくまずやってみる」とスムーズです。

迷っているときは実はやりたいんですよねえ…。

やりたくないことは引っ掛かりもしないのです。本当に。
そして迷っているとき、色々できないやらない言い訳を探す。
お金が…、時間が…、体力が…、人が…、不安と怖れが押し寄せる、
もうこんなこと私もこれまでどれだけ経験してきたことでしょう。

でもね、お金はついてきます。

諦めたふりをしてかけなかったお金は負債となって、別のことでかかる。未練が一番高くつく。


そして、習い事というのは手段で、これは自分の縁、が繋がるということなんです。
縁というのは、自分が生まれる前に決めてきたプログラムみたいなものです。DNAに書いてあるそうです。

2019年に、オドリアイ(ダンス)の初めての舞台で、「糸」を踊りました。
「なぜ、巡り合うのかを、私たちは、何も知らない」から始まる
EXILEの人のカバーでしたが中島みゆきのこの歌、

会うべき糸に出会えることを、人は幸せと呼びます」というフレーズが今でもいつも流れます。

人生はまさにこれだけでOKなのではないかと思います。

なのでうちのラボにピンときたらぜひご連絡ください。

なぜならそれも私の縁だからです。

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