私と英語

ラボはわかりやすいように、「英語教室」って言ってるけど、
できること育つものがいっぱいあるので、どうしてもそちらの話をしたくなります。
でも、英語も育つし、言い方としては、「後からついてくる」って感じです。

私も、ラボ・テューターになろうと思った動機のひとつは、
「英語が好きだった」から。
今日はその話を書きます。

きっかけは、小学校高学年の頃
父によく映画を観に連れて行ってもらいました。
すごい昔の地方都市なので、今では夢のような豪華2本立て!

「がんばれベアーズ!」が同じくらいの歳の子どもがいっぱい出ててハマり、
また、別の映画がメインで観に行った時、併映だった「ロミオとジュリエット」にハマりまくり、

そこで初めて、英語というものを認識し、
「英語でセリフを語ってみたい!」と思いました。
当時、「スクリーン・イングリッシュ」という雑誌があり、
買ってみたものの、小学生なので読めない‥!
「ボーイズ!ボーイズ!」というこれまた子どもが主役のスケボーしてる映画のセリフが載ってたけど、
悔しくてモヤモヤしました。

同じ頃、洋楽も流行りだし、
「ベイシティローラーズ」が大好きになり、他のアーティストの曲も含めて
「英語で歌を歌ってみたい!」と強く思いました。

また同じ頃、12歳の誕生日に、
当時出版されたばかりの「マザーグースのうた」谷川俊太郎訳 草思社刊 を
父が買ってきてくれて、
私はまた新たな英語の世界に出会いました。
(マザーグース…英語圏の子守唄のようなもの。)

中学生になってようやく英語を勉強することができ、
歌いたい、語りたい、もっと知りたい、という動機だけで勉強していました。

高校生になって、
中学生でやっていた剣道部に入ろうと思ったら
なかったので、英語部に入りました。
1年生の時、そこで初めて「英語劇」というものを発表しました。
でも顧問の先生のこだわり?で
発表したのは「太郎かかし」という和物のお話。
あれは謎だった。

2年生になって、顧問の先生が転勤になり、
新しい顧問の先生は、私たちにお任せ、だったので
私は自分の趣味全開で、「マザーグースのうた」のライブをすることにしました。

当時、 NHKラジオの「基礎英語」で土曜日に、
かの、私の大好きなマザーグースを曲のついた歌にして放送していたのです。
(歌っていたのは50代以上しか知らないであろう、ハーフの子役キャロライン洋子ちゃん!)
カセットに録音もして、集めていました。
その中でめちゃめちゃ可愛くて好きだったのは「The Three Little Kittens」
テキストに楽譜もついていたので、部外の友達を連れてきてピアノを弾いてもらい
ソロで歌うという、今から思うと「太郎かかし」の次に謎なライブだった‥。
「Little boy blue 」、「Mary had a little lamb」など歌ったような‥。

(後に、ラボ・テューターの説明会の時に、私はナーサリーライムという別の名で、
マザーグースと再会するのでした。)

ハイカラ好き珍しいもの好きな家だったので、(家というか父)
東京に出張に行った時、弟へのお土産で買ってきたRichard Scarryの大型絵本(洋書)が家にあり、
その楽しい世界観が私も大好きでした。

左が娘に買ったRichard Scarryの絵本。
右は父に買ってもらったマザーグース



よく、英文科ですか?と聞かれるけど、私は社会学専攻です。
私にとっての英語は、学問ではなく、ただただ嬉しい楽しい異文化世界。
そんなふうに英語に出会えたのは、その後の私の人生に大きな影響を与えたと思います。

異文化に出会うことは自分以外の他者に出会うことであり
自分と自分の文化に出会うこと。

今は小学校から英語活動や授業があるけれど
子どもたちが幸せな出会いをしてくれたらいいなと願います。

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